カルト宗教2世の憎しみの銃弾で地べたに復讐の星座を描きなさい。そして星を血で輝かせなさい。『Children of the Sun』レビュー

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女にはある力があります。憎悪がもたらす超常的な力です。

聞きなさい——長い話です。かつて人々は真夜中の空を見上げ星座を見出しました。遥か古代のことです。スマートフォンもPCもエアコンのリモコンも壁掛け時計も腕時計もない時代のことです。朝日が地平線の向こうに沈み空を暗闇が覆う時代のことです。地上を照らすものには電灯もなくわずかな種火しかない時代のことです。空に浮かぶ星はいまより鮮やかに見えたことでしょう。古代の人々の目は空に向けられ、暗闇に点滅する恒星たちを繋げ星座を生み出しました。そこで広大な世界そして未来を見出したことでしょう。

数千年が経ち今は真夜中に街を人工の光が覆います。光は星の光をかき消します。人々は真夜中に空を見上げなくなります。人々の目は光に照らされた街に溢れる広告や店といった情報に向けられます。人々の中には膨大な情報のなかで悪辣なものに目を向けてしまう人がいます。たとえばカルト宗教です。歪んだ信仰により人生を壊される人がいます。人生を壊された人が空を見上げることはありません。その目はどこまでも続く地べたに向けられます。そこで閉塞する世界そして生き方を破壊された過去に捉われることでしょう。

破壊された過去。『Children of the Sun』の主人公の女がそうです。女はマスクを付けスナイパーライフルを抱え猫背で走ります。その銃口はかつて自分がいたカルト教団の根城に向けられます。女にはある力があります。憎悪がもたらす超常的な力です。

女のマスクの下の表情はわかりません。ですが間違いなく自分の人生をカルト宗教に壊された憎しみを煮えたぎらせています。心ではいつもカルト宗教にいたころの記憶が繰り返されます。記憶には声も言葉もありません。詳しい説明はありません。映像だけです。そこからわかるのは女に後ろ盾がなにも無いことです。たったひとりです。あるのは銃弾ただひとつだけです。

女は人生を破壊された怒りをただひとつの銃弾に込めます。怒りをスナイパーライフルのズームで狙いを定め教団の人間たちを根絶やしにするつもりです。銃弾を外せばその瞬間終わりです。GAME OVERです。彼女は「Sniper Elite」シリーズの主人公みたいに軍隊の一員として膨大な銃弾を持っていません。敵に見つかり戦闘する・逃走することなんてありません。

ある種の追い詰められた人間にとって復讐と自殺が背中合わせに張り付いています。有名なアメリカで高校での銃撃事件の犯人2人は日常的に同級生からの暴力・人権侵害を受け続けた屈辱を晴らすために犯行に至り自殺しました。つまり銃弾を外した瞬間に終わるということはこうも考えられます。女が人生を取り返す暴力が失敗した瞬間に自分の人生も終えるつもりだからかもしれません。

銃弾を外すわけにはいきません。女は教団が根城にしている周囲を走り回りながら様子を探ります。女にはある力があります。憎悪がもたらす超常的な力です。女には敵の数を瞬時に判断する力があります。画面の右上には命を奪うべき教団員の数が表示されています。女には敵の位置を立体的に認識する力があります。スナイパーライフルの照準を教団員に定めると彼らの頭上に数字が表示され位置が明らかになります。「Far Cry」シリーズにおける双眼鏡で索敵し、レーダーに表示させるような力に似ています。

ですがどうやって銃弾ひとつでたくさんの教団員を殺すつもりなのでしょうか? ところが女の怒りが宇宙を取り巻く物理法則を無化します。女が教団員の脳髄を目掛け銃弾を射出。秒速1500メートルで教団員の頭部に着弾し頭蓋・前頭葉・頭頂葉・脳梁を破壊。銃弾は小脳・松果体・後頭葉をまき散らしながら彼方へ飛び去るかと思いきや予想しない光景が現れます。

銃弾は教団員の破砕した肉体から迸る流血を浴びながら空中静止。その場で次の教団員へ新たにエイム。 女にはある力があります。憎悪がもたらす超常的な力です。女はサイコキネシスの力を発動させ銃弾を物理法則から解き放ちます。この力は女の教団に対する憎悪から生まれたのでしょうか? あるいは教団がイニシエーションによって信者にもたらした力でしょうか?

いずれにせよ女はこの力によりたったひとつの銃弾で教団を根絶やしにするつもりです。銃弾は教団員だけではなく鳥・魚などの生物に着弾するかぎりエイムを続けます。さらには車のガソリンに着弾すれば爆発・炎上を発生させ近くの教団員の皮膚を焼却させることまでできるのです。

教団への憎悪に基づくサイコキネシスの力は教祖を殺す歩みを進めるごとに強化されます。発射した銃弾の軌道を途中で曲げる力を得るようになります。その力で死角に入り込んだ教団員の頭を撃ち抜きます。女の力は増幅します。女は教団員の身体の部位——頭・銅・腕のいずれかが不気味に白く光るのを見つけるようになります。白く光る部位へ2度も着弾させると女はさらなる力に目覚めます。なんと射出した銃弾を途中でスローにしながら、エイムしなおせるのです。やがて女の復讐が単なる自暴自棄に裏付けされた衝動ではなく様々な攻撃の手札を持った戦略に満ちたものであることが我々にも見えてきます。

教祖の本拠地へ近づくごとに教団員も雑魚だけではなくなります。全身を防弾する装備で固める教団員・女と同じようにサイコキネシスで宙へと飛び上がり銃弾を逸らす教団員が教祖を守護します。普通の銃撃ではいずれも跳ねのけられてしまうでしょう。

ですが女にはある力があります。憎悪がもたらす超常的な力です。女は強化した教団員すら消すさらなる力を発揮します。銃弾の加速です。遠距離から銃弾を発射すると秒速1500mから秒速5000mへと加速し教団員の防弾を貫き絶命させます。加速する銃弾の力は一定の距離がないと発動しないため、近くで発射しても防弾に弾かれるためここでも戦略が問われます。怒り・復讐・憎しみだけでは達成できない壁となって立ちふさがります。

教祖の住処に近づくほどに強化した教団員が立ちふさがり女の復讐はより冷静な知能犯のようにいかに様々なバリエーションの教団員を葬り去る戦略が求められます。怒りと衝動だけで教祖には辿り着けません。己を冷えた心で状況を整理し確実に計画を遂行する機械へ変えなければなりません。

女の教団を破壊しようとする復讐の物語はスナイパーライフルから放たれた銃弾の軌道のようにストレートです。同じDevolver Digitalがパブリッシングする『Hotline Miami』や『Inscryption』のように酩酊させるアクションやカードバトルの果てにプレイヤーの正気を失わせるようなツイストに次ぐツイストのストーリーが展開されるわけではありません。女が狙うは自らの人生を破壊した教祖の脳髄ただひとつ。ライフルのスコープで教団を生み出した自己愛の詰まったの額を狙うストーリーは始まりから終わりまでいささかの揺らぎもありません。

ゲームスタートし女の復讐の銃弾を発射し教祖の頭蓋に着弾させエンディングを迎えるスタッフロールを呆然と眺めるおよそ3時間か4時間。ストレートなストーリーすぎて綺麗にまとまりすぎたのではだなんて我々は言いません。むしろ下手な物語の捻りがなにもないからこそ良い。考えてみてください。女の復讐の旅路は風の影響も地形の影響も受けない美しい銃弾の軌道そのものなのです。イベントシーンに一切の言葉はありません。ただカルト教団2世のスナイパーとして復讐のゲームプレイに集中させるように添えるようにストーリーがある。そのゲームプレイに集中させる演出が尊いというべきでしょう。

聞きなさい——短く話します。物語の問題よりも女が地べたを這うように生き教団員を射殺から見出した彼女だけの憎悪の星座に我々も感情を捧げる方が適切ではないでしょうか。女は教団員の住処を銃弾ひとつで破壊するたびに銃弾が描いた死体の星座を生み出し心に描いたスコアを刻み込みます。地べたに描いた星座にはおひつじ座・てんびん座・ふたご座なんて名前はどこにもなく女と同じ名もなき星座として禍々しく明滅します。

女が教祖を殺す物語を完遂させてもプレイヤーは終わりではありません。教祖の死はプレイヤーにとって新しい始まりです。古代の人間が暗い空の中に星座を見出し広い世界と未来を見つけました。それを希望と呼ぶでしょう。だが人生がバラバラのままの女はどこで希望を持つのでしょうか。女にはある力があります。憎悪がもたらす超常的な力です。教祖を倒した後もその力を使いハイスコアを狙い強力な星座を輝かせるほかないです。距離・時間・着弾回数によって計算されるスコアの高みを狙い銃弾で星座を描く道をプレイヤーは目指すのです。

あなたの憎しみの銃弾で地べたに復讐の星座を描きなさい。そして星を血で輝かせなさい。そして女の壊れた人生を照らしなさい。『Children of the Sun』とはそんな体験なのです。

DeveloperRené Rother
Publisher Devolver Digital
Release Date 2024年4月9日
Price (USD)1700円
Platform(s)Steam/Nintendo Switch
葛西祝
WRITTEN BY

葛西祝

ジャンル複合ライティング。ビデオゲームを中核に、映画やアニメーション、スポーツや格闘技、美術や文学を越境するテキストを作り続けている。